夕陽の美しい宍道湖の畔、島根県松江市は松平氏十八万五千石の城下町として
落ち着いた佇まいを今に伝えています。現在の人口は二十万人ほどですが山陰
地方の中核都市であり、宍道湖や出雲大社とともに島根県を代表する観光都市
としての性格も合わせ持っています。
すこしずつ秋の深まりゆくこの季節、しっとりとした町を訪れたくなるのが
人情というもの。しかし京都や金沢は人が多すぎて、と敬遠気味な方にぴったり
なのが松江ではないでしょうか。
そしてこの町を考えるときにどうしても外せないひとりの作家がいます。
ラフカディオ・ハーン、日本名小泉八雲(1850-1904)。『耳なし芳一の話』
や『ろくろ首』、『雪女』などの怪談を書き起こした作家、と言った方が
通りが良いかも知れません。この秋、松江を旅してこの特異なギリシャ人
作家を偲んでみてはいかがでしょう。日本の年代で言えば江戸末期から明治
後期まで、54年という長いとは言えない人生の中でハーンはこの時代の
人間としては傑出したグローバルリムーバーでした。国際転居人とでも呼べば
いいでしょうか。1850年ギリシャのレフカダ島で生まれた後、アイルランド
のダブリン、ギリシャのキティラ島、フランス、ロンドン、ニューヨークから
シンシナティ、ニューオリンズ、バンクーバー、そして横浜、松江、熊本、
神戸、東京。東京が終の棲家となったわけですが、前回特集した石川啄木
同様何とも慌ただしい人生だったように思えます。松江に暮らしたのも
1890年の9月から91年の11月まで、何とわずか1年2カ月の日々でしか
ありません。それでもそのわずかな時間の中で彼は松江に大きな足跡を
残したのです。そしておそらくハーンにとっても松江の1年2カ月は物理的
時間以上のものをもたらしたのではないでしょうか。啄木の札幌が2週間
だったのは極端な例ですが、彼ら文学者にとっての「場所」というものは
物理的な時間以外のところに存在しているのかも知れませんね。
松江市内にあるハーンゆかりの施設はいずれも塩見縄手の武家屋敷地区に
隣接してある「小泉八雲旧居」と「小泉八雲記念館」です。旧居はハーンが
松江藩士の娘セツと結婚して住んだ武家屋敷で部屋や庭が当時のままの
姿で保存されています。「記念館」は作家の自筆原稿をはじめとした資料類
1000点を収蔵する資料館で武家屋敷を改築して造られました。
松江市内の観光スポットとしては国宝となった松江城天守閣、松江堀川
遊覧船、宍道湖畔、島根県立美術館などがあります。
松江の最寄り空港は出雲空港でバスで30分の距離。そして隣県鳥取県となりますが
米子空港もバスで45分とあまり変わらない距離にあります。ただし残念ながら
中国地方全体がLCCの空白地帯となっており、わずかに広島空港に春秋航空日本
が就航しているだけです。その広島を含め関空や福岡などLCCが就航する空港からの
高速バスも松江には運行されていないのでLCC+高速バスの旅「エルビートリップ」
も今のところ組めない状況です。早割系運賃を利用するしかありませんが、出雲がJAL系、
米子はANA系と、一社の単独路線、つまり無競争路線のためあまり安くはありません。
少し厳しい現実です。